炭鉱のBOOK類

文集「子どもたちは訴える つくしんぼ三池災害特集号」
昭和38年12月30日熊本県荒尾市立緑ヶ丘小学校発行。その「あとがき」で、「今次の災害に父を失い、あるいは病床に臥す父を思い悲しむ者や、幸運にも死を逃れた父を持つ子ども達が、つきさすような鋭い表現で、その悲しみ、その苦しみ、そして、これからどうやっていったらよいかと、思い悩む心情の吐露された作文集である。この中には、山野・田川より、配置転換等によって、転校して、一、二ヶ月で父を失った子どももいる。子ども達は社会経験も乏しいし、思考も幼かろう。だが、幼いながらも彼等は、親の代から炭住街に住み、この土地に生まれ生きてきている。三池闘争という大きな嵐のあとの、組合の分裂、収入減、配置転換等の起こした波風を直接に、間接に肌に感じて知っている。子どもなりに、生活のきびしさを知り人間の在り方についても自分なりの考えをもっている。それだけに、一家の支柱を失った痛手に対して、単なるなぐさめや、同情は必要としない。もっと質の高い確かな支えの対策がほしいのである。たしかに、問題は、政治的、社会的問題をはらみ、教育の限界を越えていると思う。だからといって教師は、ただ、傍観しておくわけにはいかない。強い仲間意識に支えられて生きていくよう力づけてやるべきである。
 追伸 全国のみなさんから、あたたかい激励文、見舞金等をいただき、大変感謝しております。(永登修)」と書かれてある。


文集「むつみー三川坑事故特集号」
昭和39年2月8日熊本県荒尾市立荒尾第三中学校発行。「あとがき」では、「三川坑事故があってから三ヶ月になります。実は犠牲になられた方全生徒の感想を出す予定でしたが、当時何かと取り乱されてか、原稿が集まらず、これだけとなりました。ですが、この感想集が広く社会に好影響を与えてくれますよう祈ってやみません。最後に、全国のみなさんからはげましのお手紙やら、慰問の品や見舞金をいただき、心から感謝しております」と記されてある。


文集「主なき2つの机に悲しみの花を」
「三池三川鉱大災害の犠牲となった2名の級友角高良君・福元盛男君へ贈る」と記されてある。
1963年11月21日福岡県高校教員組合大牟田支部「三池工業高校定時制分会研究会推進委員会」発行。文集の「はじめに」で、「私たちの定時制在校生から、機械科4年の2人が死亡し、3名の負傷者を出した。このような惨事は単に三池炭鉱のみの問題ではない」と書かれてある。死亡した内1名は、公務員試験に合格、炭鉱を辞め、第二の出発の予定であったという。


文集「悲しみをのりこえてー三池大災害と子供たちー」
1964年1月15日「悲しみをのりこえて」編集委員会発行。文集の巻末には「ぼくたちが大きくなったころは、みんなが安心して働かれる、すばらしい社会・世界に築き上げたいと考える。みんなで築き上げよう」と記されてある。


文集「私達の叫び!!三池三川坑爆発事故」
「三池の炭っ子グループ新港町」(福岡県大牟田市)発行。編集者 裾分照(*若くして死亡)。表紙裏に「福艶子」と記名されてある。


文集「つくしんぼ」
昭和38年11月20日熊本県荒尾市立緑ヶ丘小学校発行。その「あとがき」には、「わたしたちの学校文集『つくしんぼ』も11号になりました。自分の生活を見つめ、世の中を見つめて、よく考え、しっかりしたくらし方をしていきましょう。国語部 本田弥生」と記されてある。


文集「いしがき」
№26(昭和40年)・29(昭和41年)・38(昭和42年)の3冊有り。新港町青年会発行(福岡県大牟田市)。


文集「炭っ子」
№1(昭和35年)・2(昭和36年)・3(昭和38年)の3冊有り。新港町炭っ子グループ発行(福岡県大牟田市)。
その1号の巻末には「東京からわざわざ三池支援のため来られた全学連の長坂さんと「炭っ子」顧問西脇八重子姉さんと合作で「炭っ子グループ」へこの詩を贈って下さいました。これは斡旋案受諾直後に作られたものだそうです」と書かれてある。


文集「主婦のたたかい」
昭和35年6月11日三池炭鉱主婦会発行。表紙裏には「島」と記名されてある。同人は後の三池炭鉱主婦会会長「島フミエさん」のこと。


「第2陣 原告団通信」
2003年3月1日三池炭鉱じん肺訴訟原告団発行。積勝昭氏編集、提供。「原告団ニュース」復刻版。


「三池闘争の記録」
1985年12月1日三池炭鉱労働組合発行。三池闘争25周年記念出版。三池労組機関紙「みいけ」および「日刊情報」の縮刷版。杉本一男氏編集、提供。


「生命の炎 第8号」
1968年6月16日CO患者を守る青年の会発行。詩「三池のきょうだいへ」(夕張市 高島弥栄子さん)等が掲載されてある。


「鎮魂ー歴史遺産 負の遺産ー」
2005年9月1日大牟田囚人墓地保存会創立37周年記念誌。浦川守氏編集発行。購入。


「炭労40年史写真集 炭鉱に生きて」
日本炭鉱労働組合


「生命を守る反合理化闘争ー裁判闘争勝利にむけてー」
1974年9月1日三池炭鉱労働組合発行。杉本一男氏編集、提供。


「悲しみを怒りにかえてーまたも三井の大量殺人ー」
1984年4月20日三池炭鉱労働組合発行。杉本一男氏編集、提供。1984年1月18日、炭鉱労働者83名の死者とCO中毒患者16名をまたもや出した有明鉱坑内火災に対する訴え。


解散記念誌「炎消ゆるとも」
1995年7月29日日本炭鉱主婦会協議会発行。藤田美代子氏提供。その「あとがき」に、「定年を迎えて三年目になりますが、炭鉱のことは忘れたことはありません。ヤマがつぶされるたびに胸が痛みます。三池労組も四十数名ということで組織運動をすることさえ困難な状況です。最後の幕引きをされるのは辛くて大変なことでしょうが、よろしくお願いします。」と先の藤田さんの言葉が記されてある。同人はかつて三池労組に勤務し、三池炭鉱主婦会後半の会長でもあった。


「悲しみをのりこえ命を守るたたかいへ」
1963年12月9日総評・炭労・三池労組発行。表紙裏に「大津留」という名前が記名されてある。大津留氏は三池労組の専従員だった。


「拡げよう 三池の火を」
第13回三池にまなぶ会全国集会感想文集。昭和52年2月1日まなぶ友の会全国協議会発行。


「三池闘争25周年記念交流集会 歌集」
三池炭鉱労働組合・三池炭鉱主婦会発行。表紙裏に「三池主婦会 藤田美代子」と記名されてある。


「時効差別なき 全員救済を」
2001年5月15日三池炭鉱じん肺訴訟原告団・弁護団発行。三井三池じん肺訴訟最終意見陳述。


「たたかいの炎燃やして」
1993年2月10日三池炭鉱労働組合発行。不当解雇反対・裁判闘争の記録。杉本一男氏提供。


「自主講座 第54号」
1976年「自主講座」編集室発行。編集 宇井純。「三井の城下町大牟田からの報告」等。その他、第63号、第66号、第67号有り。


「やがてくる日に」
三池労組本所党員協議会編発行。


「緑ヶ丘小学校創立50周年記念誌」
荒尾市立緑ヶ丘小学校創立50周年記念事業実行委員会発行。


「写真集 三池」
昭和35年9月10日麥書房発行。200日の闘いの記録。巻末には「たたかいはここから、今からです」と記されてある。


「叫び」
筑豊・三井三池じん肺訴訟最終意見陳述。筑豊・三井三池じん肺訴訟原告団・弁護団発行。


「定期総会」
1964年三池炭鉱労働組合発行。


「いのち」
200号記念特集号。分会員名簿・沖克太郎裁判記録・COマンモス裁判記録。昭和51年6月20日三池労組三川指導部11分会発行。


「いのち」
100号記念特集号。三池炭鉱被災者名簿・沖克太郎裁判記録。三池労組三川指導部11分会発行。表紙に「小合瀬靖」と記名あり。その娘さんが送ってきてくれた。


「現代医療を考える会・会報」
1995年9月30日。水俣・三池に学ぶー人権・人命無視の近代産業がもたらしたものー(熊本大学医学部助教授 原田正純氏)


「大地評曙病院十年のあゆみ」
1970年10月、財団法人大牟田地区勤労者医療協会 大地評曙病院発行。「職場から閉め出された拒否者1200名とその家族の健康管理と医療は緊急な課題であり、医療差別の怒りと不安はホッパー医療班の解散に伴い、労働者の手による医療機関の設立という叫びが急速な高まりをみせた」と記されてある。三井三池三川坑炭塵大爆発によるCO中毒患者に対して集団検診も行なわれた。田中智子氏提供。


「二十年のたたかいーCO闘争の発展と裁判闘争の勝利のためにー」
1983年11月1日三池炭鉱労働組合発行。その「編集後記」に、「多忙な中で、しかも限られた日時をいとわず要請に応えていただいた、弁護団の小島先生はじめ、金子先生、さらに細川先生に深謝いたします」と記されてある。杉本一男氏編集、提供。


「新たなる展望 高次脳機能障害への挑戦」
大牟田労災病院廃止反対連絡会議


「人権連絡講座講演録 第1集」
三池と水俣~三川鉱炭塵爆発から学ぶもの~


「三池の今」
三池炭鉱炭じん爆発から50年 田中智子著


「社会主義 8月号」
2010年社会主義協会発行。特集「三池闘争50周年」


「生命あるかぎり」
1967年4月1日総評・炭労・三池労組発行。CO中毒特別立法化のたたかい。表紙裏に「桂町 石原」と記名あり。


「三池闘争と私」
藤野孝雄著


「こみち通信15」
1988年4月20日径書房発行。追悼・上野英信。投稿者に「本橋成一」「石牟礼道子」「金洪仙」「上野朱」等の名前がある。


「三池主婦会25周年 記念文集」
1979年8月発行


「石炭の炎 21世紀へ繋ぐ」
長谷川爲美著


「みいけー三池闘争30年をふり返って」
三池炭鉱退職者の会


「うたがき炭鉱記」
伊藤時雨著


詩文集「石蕗の花が咲きました」
1966年8月1日労働大学発行。髙椋龍生著。


「どきゅめんと筑豊 この国の火床に生きて」
1969年7月30日社会新報発行。上野英信著。


「三池闘争と教育」
労働大学発行。古賀藤久著。


「三池の主婦の手記」
1984年5月12日労働大学発行。三池炭鉱労働組合・三池炭鉱主婦会編。


「三池闘争と私」
1975年6月25日労働大学発行。向坂逸郎著。「闘いが約一年続いてから、もう十数年たつ。労働者はいまに三池の火のような闘志を忘れていない」(表紙から)。


「じん肺短歌集」
2002年8月1日三池炭鉱じん肺訴訟原告団発行。三池炭鉱じん肺訴訟原告団長 遠藤長市著。


「わが三池闘争記」
労働教育センター発行。太田薫著。


「谷川雁 革命伝説ー一度きりの夢」
1997年6月10日河出書房新社発行。松本健一著。


「みいけ炭鉱労働組合史」
平成11年3月30日三池炭鉱労働組合発行。三池労組解散式で参加者に記念として配られた。


「英雄なき113日の斗い」
全国三井炭鉱労働組合連合会編


三井三池CO裁判闘争機関誌「炭塵 第七号」
隔月刊1976


「喜びも悲しみも仲間に支えられーわが人生の思い出ー」
2010年11月20日発行。島フミエ著(故人・元三池炭鉱主婦会会長)。島フミエ氏提供。佐賀県で開催された労働大学集会でお会いした。


「三池争議」
極東事情研究会編。組合運動の転機を示す、その実相と教訓。購入。


「三池の労働者運動」
社青同結成25周年記念出版


「愛よよみがえれ」
昭和42年7月1日栄光出版社発行。大量後遺症、この悲劇に生きる妻の叫び。田原総一朗・清水邦夫著。巻末に「1967.7.5 三池労組四山支部 立山寿幸」の記名あり。


「炭掘る仲間」
三池炭鉱労働組合発行


「ありし日の三井田川炭鉱」
昭和39年8月1日三井鉱山株式会社田川事務所所長田坂純一発行。非売品。元職員 栗田正雄氏提供。


図録「炭鉱の記憶と関西ー三池炭鉱閉山20年展」
2017年3月31日関西大学経済・政治研究所発行。2017年5月エルおおさかギャラリー及び同年6月関西大学にて「三池炭鉱閉山20年展」を開催した。


「親と子の夜」
文・上野英信、画・千田梅二。1959年11月30日未来社発行。購入。


みいけ20年の詩文集「やがてくる日に」
三池炭鉱労働組合発行。


「幻の詩集 西原正春の青春と詩」
草原哲夫著。2010年10月発行。内田麟太郎氏提供。西原正春とは「福岡県大牟田市出身の無名プロレタリア詩人」。


エピソード集1「炭鉱とくらしの記憶」
平成25年3月大牟田市企画総務部総合政策課世界遺産登録推進室発行。


「三川坑を語り伝える~炭塵爆発編~」
2020年11月9日「三川坑に慰霊碑を建てる会」発行。「三川坑炭塵爆発慰霊碑名簿」有り。2020年11月9日に開催された慰霊碑除幕式の際、参列者に配布された。「前川」も投稿した。なお、誤字が多く見られる。


総合文化評論雑誌「三池文化 第2号」
1972年2月25日三池評論社発行。特集 大牟田の労働者とその歴史。「元三池労組組合長宮川睦男」「プロレタリア詩人内田博」「元三池炭鉱労働者若松沢清」等の投稿有り。巻頭言に「労働と貧困の街大牟田といったらいい過ぎであろうか。労働は常に貧困との闘いなしにはあり得なかった」と記されてある。


働くものの月刊学習誌「まなぶ」緊急特集
「労働者は命までは売っていない 三池大変災と国鉄鶴見事故にみる合理化の実態」


「労働者作曲家 荒木栄の歌と生涯」
1985年10月25日新日本出版社発行。神谷国善著。東京の劇場で購入。


三池炭労争議警備マンガ日記「風刺前線」
昭和35年10月20日熊本県警察本部発行。作画 松永清春。


「三池ー警察官と家族の手記ー」
昭和36年7月25日九州管区警察局警務課発行。購入。


「不知火~大牟田警察署112年の歩み」
平成11年3月1日大牟田警察署沿革誌編集委員会発行。非売品。92ページから105ページに亘って「三池争議」「三川鉱炭塵爆発と有明鉱坑内火災」のことが書かれてある。読売新聞記者提供。


写真集「筑豊のこどもたち」
1977年7月21日発行。土門拳著。「親の代から炭鉱に入り、炭鉱に行きてきた人たちは、自分の働く場所であり生きる場所であるこの炭鉱を奪われて、疲労した身体のまま放り出されたのである。失業した炭鉱労働者の数は福岡県だけを見ても5万人をこえる。」(野間宏)


「現代短歌 十月号」
2014年10月1日現代短歌社発行。内田麟太郎氏提供。炭鉱歌人と言われた「山口好」が紹介されてある。


「黒い羽根」の戦後史
炭鉱合理化政策と失業問題。藤野豊著。2019年9月5日六花出版。1959年12月、「赤い羽根」運動になぞらえて、「石炭」を表した「黒い羽根」運動が炭鉱離職者とその家族を対象に発生した。購入。


「炭坑の灯は消えても」
三池鉱炭じん爆発によるCO中毒の33年。原田正純著。1997年12月20日日本評論社。原田先生とは京都・立命館大学の講義とその後の懇親会でお会いしたことがある。その時すでに原田先生の病は進行していた。


「閉山 三井三池124年」
平成9年4月30日毎日新聞社発行。栗田正雄氏提供。


「ヤマは消えても 三池CO中毒患者の記録」
木村英昭著。1997年6月25日葦書房発行。


「三池のこども」
闘いの中から生まれた作文集。昭和35年8月30日発行。新読書社編集部編。購入。「三池の闘争は、闘っている者の人間関係を大きく変えたといわれていますが、子供たちも例外ではありません。三池の闘争が、子供たちの生活と意識にどんな影響をおよぼしたか、その生きた歴史がここにあります。大人にも、子供にも、どんな立場の人にも読まれてほしい、歴史的な記録です。」(日本子供を守る会)


漫画「ゴッつあん」
甘木太郎著(ペンネーム)。2002年4月6日文泉堂発行。2002年奥様の園田依子氏と熊本県長洲町でお会いして購入した。同人は三井三池鉱業所が発行する「くろだいや新聞」に46年にわたって連載漫画を描いた。2001年5月、74歳で永眠された。


「見知らぬわが町 1995真夏の廃坑」
中川雅子著。1996年5月31日葦書房発行。同人とは、2017年5月エルおおさかギャラリーで開催した「三池炭鉱閉山20年展」で初めてお会いした。大阪に住んでおられた。購入。


「三池争議ー戦後労働運動の分水嶺」
平井陽一著。2000年6月10日ミネルヴァ書房発行。購入。


「閉山」
奈賀悟著。元朝日新聞記者。1997年9月16日岩波書店発行。購入。


「去るも地獄 残るも地獄」
三池炭鉱労働者の二十年。鎌田慧著。フリー・ルポライター。1986年9月24日ちくま文庫発行。購入。


「三池炭鉱炭じん爆発事故に見る災害福祉の視座ー生活問題と社会政策に残された課題ー」
田中智子著。2012年10月30日佛教大学発行。ミネルヴァ書房。7000円。購入。


山本作兵衛炭坑画集「王国と闇」
葦書房発行。限定1185番。38000円。元三井鉱山職員 栗田正雄氏提供。


「写真万葉録 筑豊」
「人間の山」等。1巻~10巻。上野英信・趙根在監修。1984年葦書房発行。購入。


「炭鉱詩集」
杉本一男著。1979年11月10日青磁社発行。元三川坑炭鉱労働者。同人提供。他、「炭鉱詩集以後」(1991年)、「坑の残像」(2001年)、「消せない坑への道」(2005年)、「坑の中から鼓動が」(2011年)等。


「石炭史話 すみとひととのたたかい」
昭和45年1月8日発行。朝日新聞西部本社編。購入。


「全記録 炭鉱」
鎌田慧著。2007年7月17日創森社発行。その「あとがき」で、「滋賀県彦根市に住む、三井三池鉱の労働者の息子さんから、個人誌を贈られた。解雇されて大牟田を去ったのだが、京都の繊維工場の寮に住み込みではたらくようになった父親は、寮の風呂焚きをしながら、よくハーモニカで『炭掘る仲間』を吹いていた、という。『ヤマの灯は消えても、心のなかの灯はいつまでも消えない」と手紙に書いてあった。無権利、未組織、過労死、過労自殺、いまの『絶望工場』を希望に変えるためにも、かつての労働者の歴史を学ぶことが必要だ。」と書いてある。


写真集「1960年・三池」
2002年11月1日同時代社発行。2002年東京で開催された「1960年・三池」写真展で販売された。同メンバーの元炭鉱労働者・藤本正友氏から購入した。我が家にとっても「1960年・三池」は忘れられない出来事だったのだ。


「三池主婦会二〇年」
三池炭鉱主婦会編。1973年5月25日労働大学発行。この中に我が亡き母の歴史がある。


「戦後50年 その時日本は 第2巻」
1995年8月30日日本放送出版協会発行。NHK取材班著。三池争議。購入。


「炭坑美人 闇を灯す女たち」
田嶋雅巳著。2000年10月20日築地書館発行。テレビでもそのドキュメンタリー番組が放送された。22名の元女坑夫から聞き取られている。


「炭労 激闘あの日あの時」
1992年4月日本炭鉱労働組合発行。元炭鉱労働者の織田喬企氏提供。


「炭鉱町に咲いた原貢野球」
三池工業高校・甲子園優勝までの軌跡。澤宮優著。2004年5月10日現代書館発行。「三池工の優勝が僕の野球人生の原点です。三池工のお兄ちゃん、そしてお父さん、僕に野球の素晴らしさ、人生の感動を教えてくれてありがとう!僕の大きな宝物です」(巨人軍・原辰徳)。澤宮優氏から贈られた。


「三池の母の詩」
三池炭じん爆発 遺族の22年。永江美由紀著。1986年1月15日発行。荒尾市緑ヶ丘桂町80棟(その町はすでに消えた)。「私は声を大にして叫びたい。『労働者は、労働力こそ売っても、命までも売ったおぼえはない!」(永江美由紀)。


「オロシ底から吹いてくる風は」
山本作兵衛追悼録。昭和60年11月24日葦書房発行。石牟礼道子・上野英信・金子光晴・森崎和江・林えいだい等からの投稿文がある。藤田美代子氏提供。


「与論島を出た民の歴史」
森崎和江・川西到 著。1971年12月5日たいまつ社発行。「本土の資本主義発展下、三井資本の誘いに応じて、与論島から口之津を経て大牟田の三池炭鉱へ移動した最下層の労働者集団の民の歴史」。


「囚徒番号七十号坑夫」
武松輝男著。昭和57年11月20日創思社出版発行。元三井三池鉱業所建設部勤務。


「三池閉山」
毎日新聞西部本社編。1997年12月10日葦書房発行。21人からの聞き取り。


「にあんちゃん」
十歳の少女の日記。安本末子著。平成15年6月24日西日本新聞社発行。復刻版。購入。1959年今村昌平監督により映画化された。その坑口や炭住が残る佐賀県の炭鉱跡を訪ねたことがある。朽ちかけた炭住の数軒にまだ人が住んでいた。


「廃鉱譜」
上野英信著。1978年6月20日筑摩書房発行。2007年4月新目尾炭鉱跡(福岡県鞍手郡鞍手町永谷)を訪ねたことがある。炭鉱跡は山に残り、その麓にあった炭住は町営住宅として残っていた。その側に上野英信の家があった。


続く

mailto: maekawa@hasiru.net